今、人生の岐路にいます。福田です。
僕は、自分がどう生きていくのがいいか、未熟者なりに考えた結果、まず生きていく場所を決めました。
自分が生まれ育った、南摩というところです。
そして、そこで生きていくからには、そこを自分にとって居心地のいい場所にしていきたいと考えました。
自然がいっぱいある。気持ちのいい人が周りにたくさんいて、いい距離感で繋がっている。美味しいものがある。そんな場所がいい。
そのために、自分はここに、子どもからお年寄りまで、毎日でも通えるような場所を作ろうと思いました。
どんなことをすればそんな場所にできるかを考えて「パン屋だ!」と思い立ったのが2年前。海外や日本各地のパン屋を巡った末に理想的な修業先に出会い、素晴らしい環境でパン職人見習いとして修行を開始しました。
しかしその後、小麦への接触過多により小麦アレルギーを発症。やむなく修行を中断しました。アレルギーの対処法や改善策、克服法を自分なりに調べる中で、自分の身体のことや、食の安全性に疑問を抱いたこともあり、辿り着いたのは農業でした。今は南摩で、無農薬、無肥料で野菜を育てています。
正直、今となっては、こうなるべくしてこうなったような気もしています。アレルギーの症状は実感的には改善されてきています。また、仮にアレルギーを克服できずに、パンがこの先もできないとしても、農家として当初の目的である「子どもからお年寄りまで、毎日でも通えるような場所を作る」ことは、できるのではないかとも思うのです。
しかし、そこに辿り着くまでに、自問自答の時間は、充分にあったのか。
自分の選択は、正しいのか。
自分で正しいと言えなくてどうする。正しいに決まってる。そう信じて、今できることを全力でやるしかない。それはわかっているつもり。
走り出した今、もうやるしかないのはわかってる。わかってるけど、拭いきれない不安が常にどこかに潜んでる。
4年前、田中祭のメンバーは、ほとんどが会社員でした。その後、それぞれが自分の道を見つけ、今はほとんどが自営業者になりました。
メンバーのみんなは、僕より先に人生の岐路を進んだ人たちです。だから今年は、僕はみんなから何かを学ぶ祭りにできたらと思います。
自分で特別なことはせず、サポートに回ります。
もし僕と同世代で、岐路に立っている人がいたら、ぜひ祭りに来てください。話をしましょう。
また、過去に本気で自問自答した時間を持っている方、よかったらお話を聞かせてください。
11月8日(土)、オカズと茶碗と箸を持って、コタツへ。お待ちしています。
I'm at a turning point of my life now.
Of course i think that my choice is right for my life. But insecurity is always in the back of my mind.
If you are at a turnning point of your life too, let me know about it and talk with me about our life at TanakaMatsuri.
福田
2014年9月30日火曜日
2014年9月23日火曜日
エネルギー収支
はじめまして。イナダです。
先日、私用で東京に行っていたのですが、育った環境もあり僕は人が多いところがとても苦手です。
先日、私用で東京に行っていたのですが、育った環境もあり僕は人が多いところがとても苦手です。
苦手というと、人間は生まれながらにして指数関数的に増えるものは感覚的に苦手なのだそうです。
「ある瓶の中にバクテリアがいて1分間で2倍になります。1時間で瓶がバクテリアでいっぱいになります。何分経ったときにバクテリアで瓶が50%満たされるか」という質問がありました。
1分で2倍になるので、答えは瓶がバクテリアでいっぱいになる1分前、59分後です。
そして次の問いが「もし自分がその中のバクテリアだとするといつ窮屈だと感じるでしょうか。」というものでした。
エネルギーについても同じなのかもしれません。
すでに今の世界は地球1.5個分の資源を使いながら生活しているそうです。この数字が正しいかどうかはわかりませんが人は何もないところからエネルギーを作れないので自然のエネルギーを過剰に使って、環境に負荷をかけながら生活しているんですよね。水、空気、土壌などが汚染されているのは地球が持つ浄化能力を超えて環境に負荷を与えている証拠で、世界のさまざまなところで環境破壊が進んでいます。
ますます世界のエネルギー消費が増加していることを考えると、同じ生活を続けていると今は不安を感じなくても急に破綻するかもしれません。
そんな今の時代、自分で生活を作れるのはとても豊かなことではないでしょうか。
第4回 田中祭
http://tanakamatsuri2013.blogspot.jp/2014/08/4.html
そんな今の時代、自分で生活を作れるのはとても豊かなことではないでしょうか。
第4回 田中祭
http://tanakamatsuri2013.blogspot.jp/2014/08/4.html
これからもご飯をおいしく食べたい。楽しく過ごしたい。
そのためにできることを少しずつ。
Our life will not continue, if We continue the
same life, since the energy consumption in the world is increasing.
I want to enjoy myself from now on.
So, I want to increase little by little
that I can do.
稲田
2014年8月31日日曜日
第4回 田中祭
2014.11.8
栃木県鹿沼市油田町
南摩コミュニティセンター近く、俺たちの米圃場内
一日中やってます。雨天ほぼ中止、軒下でこっそりやってるとは思います。
新米を釜で炊きます。一緒にどうですか。
自分で使う食器、一番好きなおかずを持ってお越しください。
なにも持ってこなかった方は300円頂戴します。そういう人には持ってきたおかずを分けてあげてください。
ごはんを食べます。今はそれしか考えていません。
We will hold TANAKA MATURI at Aburadenmachi,Kanuma,Tochigi on November.8.2014 all day in Japan.It is almost all canceled due to rain.But we do on a small scale.
We will cook rice by the way of old style.
栃木県鹿沼市油田町
南摩コミュニティセンター近く、俺たちの米圃場内
一日中やってます。雨天ほぼ中止、軒下でこっそりやってるとは思います。
新米を釜で炊きます。一緒にどうですか。
自分で使う食器、一番好きなおかずを持ってお越しください。
なにも持ってこなかった方は300円頂戴します。そういう人には持ってきたおかずを分けてあげてください。
ごはんを食べます。今はそれしか考えていません。
We will hold TANAKA MATURI at Aburadenmachi,Kanuma,Tochigi on November.8.2014 all day in Japan.It is almost all canceled due to rain.But we do on a small scale.
We will cook rice by the way of old style.
Please bring utensils for yourself and the best dish for eating rice.
If you don't,pay 300yen.Please share your dish.Eat rice!That's all.
「農」というのは、自然界にあるエネルギーを、人が吸収できるような形に固定するのを促進する行為です。人がエネルギーを使って、自然エネルギーを固定するのを助ける訳です。ですから、育てたものは誰かによって吸収されなければならないんです。育てたものを捨てて、肥料にしたとしても、人が動いた分のエネルギーは無駄になるんです。
固定されたものは移動させることができます。それが吸収されたとき、おいしいとか、美しいとか単純なエネルギー以外のものを感じたとしたら、固定するのに使ったエネルギー以上のものを届けることができるのではないでしょうか。その人は、付加分も加えたエネルギーを使って、何かを生み出し、それがだれかに届いて、感動して、届いて、感動して、……。
こうしていくと、世界のどこへでも影響を与えることができるとおもうのです。実際、そうして今の世界は成り立っています。
「農」というのは、自然界にあるエネルギーを、人が吸収できるような形に固定するのを促進する行為です。人がエネルギーを使って、自然エネルギーを固定するのを助ける訳です。ですから、育てたものは誰かによって吸収されなければならないんです。育てたものを捨てて、肥料にしたとしても、人が動いた分のエネルギーは無駄になるんです。
固定されたものは移動させることができます。それが吸収されたとき、おいしいとか、美しいとか単純なエネルギー以外のものを感じたとしたら、固定するのに使ったエネルギー以上のものを届けることができるのではないでしょうか。その人は、付加分も加えたエネルギーを使って、何かを生み出し、それがだれかに届いて、感動して、届いて、感動して、……。
こうしていくと、世界のどこへでも影響を与えることができるとおもうのです。実際、そうして今の世界は成り立っています。
どこか遠く、ここではないどこかへ。なんてことを思うことがあります。
いま、人はどこへでも行くことができます。だからこそ、場所によってなにかが制限されるということが少なくなってきました。どこにいてもできるのです。そもそも、遠くからみたら、ここは“遠く”なんですよね。ここも宇宙の果てなんです。では、人はどこに身を置くべきでしょうか。
いま、人はどこへでも行くことができます。だからこそ、場所によってなにかが制限されるということが少なくなってきました。どこにいてもできるのです。そもそも、遠くからみたら、ここは“遠く”なんですよね。ここも宇宙の果てなんです。では、人はどこに身を置くべきでしょうか。
私は世界の“エネルギー”の合計が最大になるのが一番いい形だと思っています。それがこの世界の限界でもあるんですけど。
先ほどの「農」の話。要するに、モノが生み出せるエネルギーは、その質によって変化し、だれかに届くたびに増加を続け、その影響はどこまででも届く。担い手がその「質」を高めていくことで、エネルギーは増やすことが可能なように思えます。「モノ」は動いて、届くことで価値を増大する可能性を秘めています。人には、そこにいるだけで価値を生み出せる場所があります。家族、恋人、友人が近くにいる場所。そこにいるということが、安心とか、楽しさとか、我慢とか、決断とか、ありとあらゆるものを与え続けるのです。これはモノでは起きないことです。身体が、声が、とっさの判断が、その存在がより必要とされている場所にいるのがいいと思います。それだけでその人は価値を生み出しているのですから。その場所で役目を終えてからでも場所を変えるのはいいのではないでしょうか。今いるべき場所でもやりたいことをやる方法はあるはずなのですから。焦る必要はないでしょう。そうやって信頼できる自分をつくるんでしょう。
そういう祭です。
そういう祭です。
ヒロタ
I think “creative” comes from sensitivity for life.
By the way,what is “humanity”? What do you think?
I think there are so much answers,but the most important “humanity” is “almighty”.
Humans are the featureless animal.Cheetahes run faster than humans.Giraffes taller than humans.Elephants are bigger.Gorillas are stronger.Cockroaches are more quickly.
Humans have no features the most excelent in animals,but almost every can do and have.
Maybe,ancient humans do everything on every situation with thinking point of winning.
I think “creative” comes from sensitivity for life.
By the way,what is “humanity”? What do you think?
I think there are so much answers,but the most important “humanity” is “almighty”.
Humans are the featureless animal.Cheetahes run faster than humans.Giraffes taller than humans.Elephants are bigger.Gorillas are stronger.Cockroaches are more quickly.
Humans have no features the most excelent in animals,but almost every can do and have.
Maybe,ancient humans do everything on every situation with thinking point of winning.
I think this thinking is the true nature of “creative”.
Humans keep on thinking and trying until now.Human's brains have been heavier.
Thus we should do more kinds of works,and must be sensitive to life.
Like this festival.
Humans keep on thinking and trying until now.Human's brains have been heavier.
Thus we should do more kinds of works,and must be sensitive to life.
Like this festival.
The responsibility for this article lies with Kenji Hirota.
2014年4月19日土曜日
ゴールデンウィークはどう過ごすの。
田中祭の開催についての連絡かと思った人もいるかもしれませんが、その話ではありません。
ゴールデンウィークなにするのって話です。
少しまじめな話から。
※ここはそんなに読まなくてもいい。
衣、食、住って言いますけど、全部やるというか、できるのが人間なんだと思うんですね。
私は、普段、食に関することをしていますが、そもそも自分の食べるものを育てたり、とったりするのって当たり前だと思うんですね。
住むところを作ることも、着る服を作るのも当たり前なはずだと思うんですね。
でも、みんなできない。
私の知る限り、全部できる人はいない。
全てを、一人の人間ができなくてもいいように、社会を作り、専業化して、効率化を図った。できなくてもよくなった。
だから、みんなできなくなった。
まれに、自給自足とかいう人がいて、なにかでみたりすると、すごいなと思うことはあるにしろ、憧れはしない。
「自給自足」を目的にしていて、自己完結しているからじゃないか。
社会は余暇も生み出した。そういう意味で、社会というのは優れたシステムなんじゃないか。
仕事というのは、自分ではない誰かを喜ばせること。そのこと自体を言うのではないだろうか。
お金はその誰かの喜びを数値化したもの。感情を数値化して、移動できるようにしたもの。なかなか優れたものを発明したんじゃないか。
「社会という枠組みの中で、お金を移動させながら生きている。」
これが現代の「人」という生物じゃないだろうか。
しかしながら、私はこう形容されることに納得していない。
社会は、人類全体の底上げをしたが、「個」では生きていけない「個」を大量に生み出した。
お金は、喜びを数値化し、移動できるようにしたが、人の時間を簡単に奪うことができるようにもした。
人が生きていく技術を全て持っていたい。人を喜ばせることもしたい。そして、人の時間をなるべく奪わないように生きていきたい。
そんなことを思うようになりました。
これは、BINGOゲームのようなもので、私は「食」のところから穴をあけようとし始めました。
彼女はメミ。コンポストがうれしくて周りが見えていない。
彼女をみな、メミさんと呼ぶ。
さて、なにを言いたいかというと。
※ここからが本題。熟読。
昨秋、田中祭ホップで、
古民家で寝て、食べ、開墾する。
http://tanakamatsuri2013.blogspot.com/2013/09/2013112.html前回の参照。
というのをやりましたが、もう一度。
彼ら、食に手を出し始め、半年。

木を倒し、切り株を掘り起こし、段々畑を作り、やっと農地らしくなってきました。
2014年 5月5日(火)〜6日(水)
※これ以外は応相談(3、4日は×)
どんなところか
山間部で、朝晩冷え込みます

最寄りのコンビニまで、車で15分 一日に一回くらいなら買い出し行きます。
携帯電話は、AUがギリギリ通じる他は家から離れないと通じない。
パソコン有、Wi-Fi有
猫が何匹もいます。
暖房は薪ストーブ、ですから日課はもちろん薪割り。

昨秋ね。
どうやって
車で …… 鹿沼市粟野町
電車で …… 東武日光線 樅山駅(モミヤマエキ)まできて来てれれば迎えに行きます
なにをするのか
土を掘り、木の根を取り除くのが主な作業
持ち物
着替え、歯ブラシ、軍手、作業服、作業靴(長靴、ワークブーツなど)、帽子、一枚羽織るものもあるといい
スコップ/シャベル等の農具(車で来る方で持ってる方はぜひ)
持ち込みは喜んで、当然キッチンも風呂も、近くに温泉もあります(たぶん500円)。
お酒やら、特別食べたいものあれば自分で買って持ってきてください。
作業して、食事を作って、食べて、寝る。
当たり前のことをしていると一日はあっという間です。
疲れると思いますが、劇的に辛いことをするわけではないので、お子さんと一緒にも大歓迎です。
来たらいいじゃない。 寝るのはこの奥よ。
近所の人からのおすそ分けなのだ。
今年はここの家主が育てるって言ってるのだ。
アドレスはこちらmammemica@ヤフー.co.jp※ヤフーのところをyahooに直して送ってくださいね。迷惑メールが入らないようにこうしました。
その際、名前、性別、あだ名、好きなことなど自己紹介してください。会ったときにわかるよう写真も添付してください。
その際、名前、性別、あだ名、好きなことなど自己紹介してください。会ったときにわかるよう写真も添付してください。
2013年11月6日水曜日
田中祭ホップを終えて(福田)
どうも福田です。
田中祭ホップにお越しくださった皆様、ご協力くださった皆様、今回も本当にありがとうございました。
田中祭ホップを終えて思うことは、「この祭は自分達のためにやっている」という、ミーティングの度に確認し合ったメンバーの共通認識は、まさにその通りだということです。
普段会いたくてもなかなか会えない人と、会える場を作る。
身につけたい技術を習得する機会を作る。
自分に足りないものに気づくキッカケを作る。
そして何より、存分に楽しむ。
祭には、それらが全部詰まっていました。
元々、「何かしたい」で始まったこの祭。3年目になり、それぞれが自分の本気の「したいこと」を見つけ始め、祭への関わり方、注ぎ込める時間やエネルギーの大きさも徐々に変わってきました。
それぞれのメンバーのやりたい事に対して、祭が必要なくなった時、田中祭は終わるでしょう。
しかし少なくとも僕にとっては、来年の開催は、自分の成長にとって必要だと強く感じています。今年の祭の前と後の自分は大きく違っていて、今年と来年では、自分にとっての祭の意味は大きく違う。
だからぜひ、来年もやりたい。
まぁ、一年後のことです。今はまだどうなるかはわかりません。
でも、また皆さんと、祭を縁に関われたらいいなぁと思います。
最後に改めて、今年もありがとうございました。
田中祭ホップとは。
生きていくのはたいへんなことです。
しなければいけないことも、将来のことも、やりたいこともあります。
この、やりたいことっていうのがやっかいで。
食べて、寝て、できることをする生活がいやというわけではないけれど、満ち足りているわけでもない。
それでも、なにかを得るために、何かを捨てる奴に、すごいものを生み出すことなんてできないと、義務とか責任を押し付けることもできず、ただただ過ごしていました。
3年前、我々は年に1度、どうにかしようとしはじめることにしました。
今年は、できないことをできるように、少し背伸びしてみました。
形にできなかったことも、始めたのですからいつかできるでしょう。
祭はハレの日です。
365分の1。
たかが、1日、2日。
それに虚しさも感じはじめていました。
それでも、
会うはずでなかった人と会えたこと、思うことがないはずだった想いに到りました。
三度やったご褒美のような出来事でした。
ですので、今はもう少しやってみようと思っています。
田中祭は、来年から、全員が各々自分でやりたいことを仕事にすることにしました。
そちらもみていてください。
文 ヒロタ ケンジ
田中祭ホップ最後の映像。
2013年10月31日木曜日
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